古き良き時代

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「私がお前の父だ。二人で銀河を支配しようではないか」とダース・ヴェイダーが言う。それを振り切るルーク・スカイウォーカーの右腕は切り落とされている・・・。おもちゃの剣とお面でスターウォーズごっこをする2人の横を、Tシャツに短パン姿の青年が「Hey, whatzaaaaaap?」と言いながらキックボードで通り過ぎていく。パーティションで区切られた机には、ゴジラのプラモデル、スターバックスで買ってきた4ドル50セントのモカ・フラプチーノ、山積されたプレゼン用の資料など。壁には「We Change the World」と書かれた大きなスローガンが張ってある。

とにかく技術系の人手が足りない。学生アルバイトを募集すると、「時給20ドルって書いてありましたけど、バイトにもストックオプション付くんですか?」 という電話が掛かってくる。大学のキャンパスでは、「就職?そんなのルーザー(負け犬)がすることだろう?いいアイデアがあるんだ。一緒に会社立ち上げないか」と至る所で学生たちが話している。自分のアイデアに異様な自信のある輩は、就職どころか大学さえ否定していた。「学校で学ぶことなんて今更何もないけど、親が大学だけは出ておけってうるさいからさ」。

金曜日の午後8時。日もすっかり沈んで人影もまばらなオフィス街の一角で、ひときわ賑わいを見せるレストランバー。ここの客層は2種類のみ。初老の紳士か若者のグループだ。カジュアルな雰囲気の中にも、真剣なまなざしで会話を交わしている姿が見られる。投資する側と投資される側という構図が浮かんでくる。オフィス街のバーは、いつの間にか起業家とエンジェルの交流の場と化し、億単位の金の流れを左右する裏舞台となった。

今は昔。そう、これはITバブルに湧いた1990年代後半のアメリカでの光景。社内が遊園地と化し、毎日がカジュアルフライデー、出勤・退社はフレキシブルと、若者が自分たちに都合の良い職場の環境を作り出し、ドットコム・カルチャーやシリコンバレー系とも呼ばれた。学生は自分こそが世界を征服する人間だと信じ、投資家は子供の会社ごっこを「ニューエコノミー」と賞賛、ギャンブラーが「デイトレーダー」と名を変えてあぶく銭を狙った。セミナーでは「CEO」「バイスプレジデント」を名乗る若者が「わが社はソリューションを提供します」と繰り返し、「???」という企業の株価が上場と同時に50倍の値を付け、にわかミリオネラーとなった20代、30代が豪邸を購入し、高級車を乗り回した。

それだけではない。年収10万ドル(1000万円)を超えるのに一戸建てが買えない、職はあるのに高騰したアパートの家賃が払えなくてホームレスになる、 展示会場から20キロも離れた汚いモーテルが一泊200ドルなどなど、バブル経済はシリコンバレーをはじめとするIT産業の集積地にさまざまなひずみを生んだ。

しかし諸行無常、盛者必衰なり。バブルがはじけ、持株は紙切れ同然、レイオフに次ぐレイオフ、ファンドも底を尽き、弁護士から倒産申請の書類を手渡される。オフィス家具の引き取り会社が繁忙を極め、保管スペースの不足に悩んだ。ビルには空きが目立つようになり、地域の開発計画も頓挫した。テナントが去ったコーポレートパークは、芝が伸びきって雑草が生えていた。

「夏草や兵どもが夢の跡」

芭蕉のこの句をしみじみと味わってしまうのは、日本人がゆえだろうか。いや、人間のやることなど古今東西変わらないのかもしれない。アメリカの一部であったとはいえ、人々が世界一の成金目指して狂喜乱舞した時代。たった2年ほど前のことだが、なぜか懐かしく感じられる。バブル崩壊以降、あまりにも目まぐるしくビジネス環境が変わったからだ。株価の暴落、ビジネスプランの見直し、経営陣の入れ替え、そして9/11の打撃、大企業の会計粉飾スキャンダル等・・・。 この間まで経営者を目指す若者で溢れかえっていたのに、会計疑惑以降、CEOは「最も恥ずかしい役職」の代名詞となった。

アメリカではこの時代に対するノスタルジアがすでに存在する。97年にあるドットコム企業から「技術バイスプレジデント」として雇われた知人のスティーブは、2000年に会社の倒産によって解雇、現在は大手銀行のシステム・エンジニアをしている。「今の職場は安定しているから気に入ってるよ。でも、保守的な人間ばかりだから退屈でね。バカだと思われても仕方ないけど、昔の仲間と会うと『あの時代は良かったなぁ』ってつい語り合っちゃうんだよね。またあんな時代が形を変えてやってこないかなぁって時々思うんだ」

確かに、あの時代は狂っていたが面白かったという点でスティーブに同意できる。次から次へと出てくるセンセーショナルなニュースは見てて飽きなかったし、 会社ごっこが会社として成り立っている様子は、まるで喜劇のようだった。こんな時代はそうそうやって来るものではない。スティーブもよく言うが、彼らは決して遊んでいたわけではない。ファンド獲得に奔走し、プレゼン前は連日徹夜、人間関係のいざこざや、起業時の貧困などと闘いながら、夢を追っていたのだ。 そう、みんな頑張っていた。だから自分が生きた真の時代として懐かしみ、歴史の1ページに綴っておくのもいいではないか。

ドットコム・バブルにノスタルジアを馳せるための映画

* 「Pirates of Silicon Valley」(1999年) - 情報技術で世界を変えた2人の革命児、マイクロソフトのビル・ゲイツとアップル・コンピューターのスティーブ・ジョブスを主役とする、実話に基づいたテレビ用映画。スティーブ・ウォズニアックやゼロックスのマウス開発班など、今日のシリコンバレーを作り上げた実在する人物が多数登場。一押しの作品。

*「Startup.Com」(2001年) - ニューヨークのシリコンアレーを舞台に、インターネット企業の立ち上げに奮闘する起業家2人のドキュメンタリー映画。ドットコム文化を丹念に記録した貴重な作品として、インディ映画界で話題となった。

*「e-dreams」(2001年) - インターネットでの注文を専属のスタッフが1時間以内に自宅に配達するという「Kozmo」を設立した中国系アメリカ人、ジョセフ・パークを題材にしたこちらもドキュメンタリー。韓国出身で若手アジア系監督して注目されるウォンスック・チンの作品。
追記(2003年5月1日):この映画、日本でも DVDが発売になるとのことだ。

おまけ
*「100 Reasons to Celebrate the DotCom Bust」(2001年7月) - ベイエリアの「メトロ」という週刊新聞に掲載された記事。「あー、終わって良かった」という冒頭で始まる記事は、ドットコム崩壊を祝うべき100の理由を列挙している。とにかく笑えるが、同時にこの時代のシリコンバレーはこんなに狂っていたのか、と改めて思い知らされ る。
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