サバービアの表と裏 その2

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アメリカの郊外型住宅地、サバービアについて書いてから半年近くたった。その間、サバービアに関する映画を新たに2本見た。

1つは、最近日本でも公開された「ボウリング・フォー・コロンバイン」。これはアメリカの銃社会の本質に迫ろうとするドキュメンタリー映画なのだが、そこに銃とサバービアの危うい関係が何度も出てくる。「コロンバイン」というのは、1999年に15人の死亡者を出す銃乱射事件が起きたコロンバイン高校のことをさしている(サバービアの表と裏 その1 でも触れた)。

この映画の監督は、自分の故郷であるミシガン州フリントのGM工場閉鎖を題材にした「ロジャー&ミー」(Roger & Me)という作品を89年に発表し、ドキュメンタリー映画として史上最高の売上を達成したマイケル・ムーアという人だ。彼はリベラル派の活動家で、映画や 本などを通じてアメリカの強者・権力者を糾弾する。ボウリング…は、すでに各地の映画祭で数多くの賞を受賞し、国際的な評判も高い。自己の記録を塗り替えることになるかもしれない。

映画は、何故アメリカ人がこれほど銃に固執し、銃で人を殺すのかについての答えを探しつづける。明確な答えになかなかたどり着くことができないのだが、ある時点でアメリカ人の持つ「恐怖心」というヒントを見つけ出す。アメリカ人は「いつか誰かが攻撃してくるかもしれない。だからその前に武装して、先に攻撃 してしまわなければ」という恐怖にとりつかれているというのだ。そしてそこから「武器を所有するのはすべて安全のため」という理論を生み出す。

アメリカのイラクに対する姿勢を見れば、それが個人レベルの話ではなく、国論にまでなっていることが分かる。ちなみに、アメリカは「武器の所有」を憲法で認めているため、建国時の思想を受け継ぐ保守派は、「自己防衛の権利」として銃を支持し、全米ライフル協会(NRA)や武器(=軍事)産業界などと深く結びついている。つまり政治的にムーア氏とは対極にある。

安全を求めて郊外に越していく白人。きれいな街並み、整った環境が売りのはずなのに、各家の玄関にはドアのほかに鉄格子が標準装備されている。そして住民はこんな土地でも、さらなる安全のために銃を所有しているという。コロンバイン高校の卒業生のマット・ストーン氏は、銃乱射事件の数年前から「サウスパーク」というTVアニメでサバービアの矛盾をパロディにしてきた。彼は言う。「子供の時、いつも大人に『失敗したら駄目』と言われたんだ。試験に失敗したら駄目、試験に失敗したらいい成績が取れない、いい成績を取ることに失敗したらいい大学に入れない、いい大学に入ることに失敗したらいい仕事につくことがで きない、いい仕事につくことに失敗したらいい収入を得ることができない、っていう調子だよ。」

映画はこんな風に、銃社会とサバービアの接点を探っていく。いったいアメリカ人はどこまで安全を求めれば気が済むのか。何故、これほど安全おたくになってしまったのか。彼らが欲しいものは本当に安全なのか。こういったことを考える上で、銃とサバービアの関連性を無視することはできないと痛感した映画だっ た。

もう1つは「ステップフォード・ワイフ」(The Stepford Wives)という75年の作品だ。アメリカ人の知人と話をしていた時、「サバービアの矛盾というテーマに興味がある」と言ったら、彼が「だったらステップフォード・ワイブスを見なきゃ。あれはクラシックだよ」と教えてくれたのだ。これは人気サスペンス作家、アイラ・レヴィンの同タイトルの小説に基づいたミステリー仕立ての映画だ。

話は小さな子供を抱える夫婦が、ニューヨークから環境の良いコネティカット州ステップフォードという架空の街に引っ越すところから始まる。主人公のジョアンナ(キャサリン・ロス)は、この静かで緑に囲まれた富裕サバービアに、説明のつかない不快感を覚える。ここの奥様たちは、料理や家事、夫を喜ばせることだけにしか興味を持たず、女性同士で遊びに行ったり、社会に出たりすることには全く無関心だ。一方で、男性は自分たちだけのクラブをつくり、夜な夜な集まって何かをしている。ある日、ジョアンナは自分より少し前に引っ越してきた親友のボビー(ポーラ・プレンティス)までもが、突然ステップフォードの典型的な女性に変貌してしまったことに気付いてショックを受ける。その時、彼女はこの街の驚異を知る。ステップフォードの妻たちは実は男性が作り上げたサイボークだったのだ。そしてついに彼女の番がやってくる...

白人がさまざまな都市問題を避けるために、郊外に移り始めたのは60年代後半のこと。だから、75年に公開されたこの作品は、サバービアのアンビバレンスを取り上げたかなり初期の映画と言える。上出来というわけではないが、アメリカに新たな疑問を投げかけたという点で、当時は大きな話題となった。「リベン ジ・オブ・ステップフォード・ワイブス」(80年)や「ザ・ステップフォード・ハズバンド」(99年)という続編が出たほどだ。今でも、ステップフォー ド・ワイフは「完璧な奥さん」という意味の代名詞として使われている。

ここで取り上げられているサバービアの矛盾は、男性という表と女性という裏(いや、逆か?)である。そう、60年代後半は女性解放運動(ウーマンリブ)が始まった時代でもある。この映画は、そんな急速な変化を経験する社会で、古き良きアメリカを願う男性たちが、完璧な街と完璧な妻を自分たちの手で作り上げ てしまう皮肉を描き、ユートピアの危険性を警告しているのである。04年に二コール・キッドマン主演で、この映画がリメイクされる予定だ。

こうして見ると、アメリカがサバービアの陰の部分に長年関心を寄せていることがよく分かる。しかし、それでもアメリカはサバービアをつくり続ける。「都市部よりまし」と人々が越してくる。まるで妄想にとりつかれたように、安全を求める。最近、安全大国神話が崩壊し始めている日本で、人々はこれからどうやって安全を確保していくか。それを考えるとき、アメリカが経験してきたこの30年を決して無視することはできない。

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