女の友情 アメリカ編 その1

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アメリカ在住の日本人の間で、よくアメリカ人の友情のことが話題になる。大同小異はあるものの、大抵は「アメリカ人の友情って薄っぺらいよね」という意見でまとまってしまう。

学生の時も社会に出てからも、日本人にとって友達の存在はとても大きい。一緒に飲んだり遊んだりするだけでなく、夢を語り合ったり、悩みを相談し合ったりと、たくさんの時間を友達と過ごし、互いの成長の糧となる。しかしアメリカ人を見ていると、一時は仲良くしていても、何らかの形で環境が変わると、連絡を取らなくなるような付き合いが多いようだ。

アメリカ人は友達よりも恋人や家族に重きを置いている、と言ったほうがいいのかも知れない。アメリカでは、家族が社会を構成する基本の単位となっている。 だからどこに行っても、カップルや家族連れが圧倒的に多いし、パーティはパートナー同伴で参加することが前提となっている。私たちは「カップル社会」と呼んでいるが、婚姻関係の有無にかかわらず、パートナーがいないと何かと行動しにくい社会であることは確かだ。友達付き合いも、カップル同士や家族ぐるみというケースが多い。

パートナーや家族を大切にするのはとてもいいことだが、それがいき過ぎて、男女の関係や血縁関係以外に付き合いがない、というアメリカ人は多い。自分のきょうだいやいとこを「親友」と呼んでいつも一緒にいる人や、プライベートの時間は恋人としか過ごさない人をたくさん知っている。オンとオフがはっきり分かれているアメリカでは、仕事の後に同僚や取引先と飲みにいくという習慣がないから、余計に付き合いが限られてしまうのかもしれない。

さて、友情でも女同士のそれは、「極薄」という意見が多い。確かに、アメリカ人女性の友情に対する考え方は、「仲良くしましょうね~」という日本人女性の感覚と違って冷ややかなものがある。渡米したばかりの頃はその違いに戸惑ったが、10年たって「極薄」の背景にあるのが何か少し分かった気がする。

アメリカでは、ティーンの女の子の最大の関心事は、昔から「異性とおしゃれ」と相場が決まっている。いかにカッコイイ男の子と付き合うか、そのためにいかにおしゃれをするかが、学校生活の良し悪しを決める大きな要素になる。だから、女友達は目的達成の良き協力者でなければならず、男をめぐって友情が深まったり平気で壊れたりする。

なぜそんなにボーイフレンド探しが重要なのか?それは、アメリカにプロムという特殊な習慣があるからではないだろうか。映画にもよく出てくるが、プロムというのは高校の卒業パーティのことで、学校生活の最後を飾る一大イベントである。カップルでの参加が条件で、男の子はタキシード、女の子はイブニングドレスという正装に身を包み、会場にリムジンで乗り付ける華やかさは、プチ・アカデミー賞といったところだ。

女の子にとって、プロムは人生初めての「ハレの日」である。この日に輝くこと、つまり最高のパートナーを伴って美しく装うことは1つの大きなゴールであり、それに対する彼女たちの意気込みは日本の成人式の比ではない。当然のことながら、学校生活の中心はボーイフレンドになってしまい、女友達の優先順位は低くなってしまう。

プロムが終わると、女は次の「ハレの日」に向かって準備を始める。そう、結婚である。特に働くようになると、限られたプライベートの時間はデートで大忙しだ。デートする相手のいない女は、やはり相手のいない暇な友達と遊ぶことになる。20代後半からの女友達は、利害関係が一致してなければならない。どちらかに彼氏ができたりすると、その友情はすぐになくなっていたりする。

意外に思うかもしれないが、アメリカの女性たちの結婚願望は強く、少しでもいい男をつかむことが今も大きな課題として存在している。ティーンの時と同様、 働く女性の関心事は引き続き男探しで、女友達はいつも後回しになってしまう。自立した女性が多いことやフェミニズムで知られるアメリカだが、結局、女同士の関係は男によって左右されている。その度合いは日本よりもずっと大きい、というのが在米日本人の間で一致する見解なのだ。

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