アメリカで病気/けがしたら・・・

Pocket
LINEで送る

アメリカにはこんなジョークがある。

心臓発作をおこして救急車を呼んだらオペレーターにこう言われた。「10分以内に到着する松、30分以内の竹、1時間以内の梅がありますが、どれにしますか?」

緊急事態の当事者にとっては全く笑えないジョークだが、このネタを真剣に、だけど笑いを交えて取り上げた映画がマイケル・ムーア監督の新作「Sicko」だ。

私はアメリカの医療には次のような問題があると予てから思っていた。
1.西洋医学への依存度が高すぎる
2.製薬業界が強すぎて国民が薬漬けになっている
3.医療施設や医師・看護師が不足している
4.医療保険が民間企業によって運営されている

このサイトで何度も触れている肥満や健康の問題がアメリカを脅かすのは、病を予防するとか病は気からという考えを持たない西洋医学がこの国では支配的だからだ。それは、健康保険の適用がおおかた西洋医学に限られている日本でも似たようなもの。政府が西洋医学しか信じていないのである。しかしこれはまた別のテーマであって、Sickoが取り上げたのは4の問題、アメリカの危機的な医療保険制度の現状についてである。

アメリカにも厳密には公的な医療保険が存在する。高齢者や低所得者などに限定された保険だ。しかし、ほとんどの国民はこの対象とならず、民間企業が「販売」する医療保険に個人や会社を通じて加入している。高額な保険料を払えない人、病歴や持病があって加入を断られた人などは保険なしで暮らしており、その数は5000万人に上るといわれる。これはこれで大きな社会問題となっているが、映画はその部分には敢えて焦点をあてず、医療保険に加入している人たちに的を絞り、保険制度の大きな落とし穴を探っていく。

営利を目的とする民間企業が商品として売る医療保険への加入は、時として全く意味をなさないものになる。究極には、加入者の医療費を払うか払わないかは企業が判断することで、保険を持っているからといってカバーされるかどうかはその場になってみないとわからないのだ。映画はその恐ろしさを描いている。救急車のジョークも実話であって、保険のプランによって救急車の使用料金が異なるからこんなことが起きる。ファースト、ビジネス、エコノミーという民間企業の発想なのだ。

ムーア監督は他国の医療制度と比較しながら、アメリカの保険制度が国民に強いる負担の大きさを指摘する。入国が禁止されているはずのキューバにまで行って、自国の劣性を暴露する。トレードマークのむさくるしさと庶民の目線を大切にした取材は健在だが、「ボウリング・フォー・コロンバイン」や「華氏 911」に比べると政治性はトーンダウンしたように見受けられた。映画のテーマが党を超えた議題だからかもしれない。

現在、マサチューセッツなどの州が住民向けの皆保険を検討している。映画はそういった動きに火をつけることができるだろうか。ムーア氏は自分のブログやYouTubeを活用して国民の声を集め、連邦議会に提出するつもりだ。政府を動かすことはできるだろうか。公開された先週末の売上は450万ドルで第9位と健闘している。ムーア氏の政治的な見解がどうであれ、医療保険はアメリカに暮らす人間なら誰もが関心を持っている問題なのだ。

日本でも8月25日に同作品が公開される。ムーア氏の知名度があるとはいえ、公的な健康保険がある日本人にとってアメリカの医療問題はしょせん他人事ではないか、と映画を観る前は思ったが、その保険制度が崩壊しかけているだけに、日本人にとっても考えさせる部分は多いはずだ。日本の健康保険は加入制であって皆保険ではない。アメリカと同じように、加入できない人が取り残されている。その辺りがカナダやイギリスとは違う。病む人間を誰がどうサポートしていくか――どの国にとっても大きな課題であることは間違いない。

Pocket
LINEで送る

Comments are closed.