私が、アメリカの新しい階層、消費グループとして、日本の雑誌にロハス(LOHAS)を紹介したのは確か2004年だったと思う。ちょうど日本でもこの言葉が使われ始めた頃だったが、その後あっという間に浸透し、2005年秋に帰国した時はあちらこちらでロハス、ロハスと騒いでいる様子を見て驚いてしまっ た。一緒に仕事をしたことがある東京在住のライターは、最近ロハス関連の取材ばかりやっていて、ロハス・ライターになりつつあるという。 ロハスを紹介してしまった身分としては、なんだか罪深い思いで傍観している。なぜなら、日本のロハスは初めからその矛盾が指摘され、単なるブームで終わっ てしまう懸念があるからだ。最近読んだ中で最も的を獲ていると思ったのはこの記事だ。 アメリカのロハスと日本のロハスの決定的な違い・・・それはアメリカ人が「ロハス」という言葉さえ知らないことだと思う。確かに、ロハスは社会における特定の階層を表現するためにアメリカの学者が創造した言葉、概念で、その後マーケッターの手によって消費グループの一種としても見なされるようになる。しか し、一部の業界で使われる以外を除いて、ほとんど認知されていないのが事実だ。 嘘だと思うなら、全米一リベラルなサンフランシスコに行って街頭インタビューしてみればいい。「あなたはロハスですか?」――10人中10人が「なんだい、それは?」と答えると断言できる。 全米人口の30%を占めるといわれるロハスの人たちは、自分の志向や信念に基づいたライフスタイルを追求した「結果」としてロハスなのである。彼らは自分 がロハスであることに気付いていないし、ロハスを意識して生活しているわけでもない。ところが日本では、ロハスという言葉が先走り、ロハスなライフスタイルを送るために、企業やマスコミがあーしろ、こーしろと煽り立てている。それに乗せられた消費者も『ロハスになろう』としている。これがそもそも、日本の ロハスの歪みではないだろうか。 ロハスがこのままトレンドで終わってしまうのはあまりにももったいない。地球を守る努力は継続されなければならないからだ。アメリカのように、ロハスとい う言葉に頼らなくても、健康や環境に配慮したライフスタイルが定着することを願うばかりだ。
2006.04.03
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