サバービアの表と裏

日本ではほとんど報道されていないが、南カリフォルニアではこの数ヵ月、「ダニエル・バンダムちゃん殺害事件」のニュースで持ちきりだ。事件はサンディエゴ郊外で今年の2月に起きた。容疑者のデービッド・ウェスターフィールドが、2軒隣りに住む7歳のダニエルちゃんを誘拐し、殺害したという。同類の犯罪が毎年数百件起きるアメリカで、目新しい事件というわけではないが、マスコミが飛びついたのが、裁判が進むにつれて明らかになったダニエルちゃんの両親の生活スタイルだった。 バンダム夫妻は地域で良き隣人、良き両親として知られていたが、一方で日常的にマリファナを吸い、夫婦の性パートナーを交換する、いわゆる「スワッピング」を行っていたという。母親のブレンダさんは、子供を寝かしつけた後、夜遊びに行くことがたびたびあり、ダニエルちゃんが行方不明になった夜も、近所のバーに出かけて家を空けていた。バーでは酒を飲み、そこで知り合った男性とダンスをし、マリファナを吸ったと供述している。事件は一気にスキャンダルと化した。 この事件のポイントは、サブレ・スプリングという「閑静な住宅地」で起きたことである。サバービアと呼ばれるこういった郊外型の新しい住宅地は、学校に通う子供のいる中流家庭向けに開発されたもので、安全性、高い教育水準、整備された住環境、手頃な不動産価格が大前提となっている。そこに暮らす人は、家族を愛し、地域に協力する「良き市民」であり、平和で安定した生活を送ることに重点を置いている。しかしこの事件は、そういったサバービアのダークな面を露呈することになった。 サバービアの表と裏。これはアメリカでよく取り上げられるテーマだ。犯罪の増加、ドラッグや売春、ギャング抗争、移民の急増、過密人口、渋滞、不動産価格の高騰など、悪化した都市の住環境に耐えられなくなった白人は、1960年代以降、郊外へと脱出していった。そこでは平和で幸せな暮らしが待っているはずだった。しかし、人間というのは自分勝手な生き物で、平和な生活を手に入れると、今度はそれに退屈し、刺激を求めるようになる。「善良な市民」をやりなが ら、反社会的なもう1人の自分をつくる者が出てくる。 サバービアの犯罪率は概してとても低い。しかし、数少ない中にとてつもなく凶悪な犯罪が目立つのもサバービアの特徴だ。99年にコロラド州リトルトンのコロンバイン高校で史上最悪の銃乱射事件が起きた時、住民は「何故こんな平和な街で…」と口々に語った。それから約1年後、カリフォルニア州サンティーのサンタナ高校で同様の事件が起きた時も、そこの住民は同じようなコメントを発した。リトルトンはデンバーの、そしてサンティーはサンディエゴのサバービアだ。 サバービアの問題は、特に子供への心理的インパクトに重点がおかれて議論されている。開発計画によって建てられた画一的な住宅に住み、画一的な生活を送る。本来なら、人それぞれであるはずの幸せの価値まで、ここでは画一化されている。美しい街の外観は、徹底的な人工管理によって整備されている。ゲームセンターや酒場、風俗など、子供に悪影響を与えると思われるものはすべて排除され、住宅のみが街を構成している。車を持たない子供は、自分たちだけで遊びに行くこともできない。平和で安全で退屈なサバービアに、子供たちは説明のつかない反発心を感じるようになり、それが行き過ぎて犯罪に結びつくという。 世の中というのはいいことばかりではない。社会には必要悪がある。表と裏があって初めて社会が成り立つ、ということを子供に教えないことがサバービアの大きな問題だ。いくら温室の中で育てても、今の子供はメディアやインターネットを通じていくらでも情報を手に入れることができる。サバービアの矛盾を知った時、子供たちはストレスを感じたり病んだりしていないだろうか。そして子供の為にと思ってサバービアを選んだ大人達もまた、退屈してマリファナを吸ったりしていないだろうか。 こういった問題に気づいていても、人口の増加や不動産価格の高騰などから、アメリカは郊外型の住宅地をつくり続けている。好むと好まざるに関わらず、サバービアでの生活を余儀なくされる家庭が増えている。郊外にそれだけ人口が増えれば、都心と同じ問題を抱えることになる。アメリカは、サバービアに逃げればすべてが解決するといった安易な考えを捨てる時期にきている。人間は不完全な生き物なのだから、人間がつくる街も完全なものなどないのだ。 サバービアの表と裏を描いた映画 *「アメリカン・ビューティー」(1999年) - 言わずと知れたアカデミー受賞作。平凡なサラリーマンの主人公(ケビン・スペーシー)の言動がサバービアの矛盾を良く表しているが、娘のジェーン(ソーラ・バーチ)も、富と安定を与えられたサバービア育ちのティーンエイジャーの行き場のない反抗心を繊細 に表現している。注目したいのは、近所で唯一上手くいっている家庭が皮肉にもゲイのカップルという点だ。家族のあり方と幸福の価値観を考えさせられる。 *「SubUrbia」(1997年) - サバービアの生活にうんざりしながらも、そこから抜け出すことのできない若者を描いた作品。分類は「ドラマ」 となっているが「コメディ」と言っていいほど、ユーモアに溢れている。街に飲み屋もないサバービアで、若者はコンビニエンスストアで酒を買い、その駐車場 で飲んだくれる。健全な街のはずなのに、何故か退廃的な空気さえ漂う。独立系映画で活躍するリチャード・リンクレーター監督の作品。 *「The Ice Storm」(1997年) - 東海岸の富裕サバービアを描いた作品。欲望と自己表現の時代だった70年代、若者だけでなく大人たちもその風潮に流され、家族がばらばらになり始める。今やスター俳優となったトビー・マグワイヤやクリスティーナ・リッキーなどが子役として登場。 *「Orange County」(2002年) - ロサンゼルス郊外にあるオレンジ・カウンティに暮らす人々を皮肉とユーモアたっぷりに描いたコメディ映画。「ここには文学がない」と言ってスタンフォード大学に行きたがる作家志望の主人公(コリン・ハンクス)、ドラッグにいかれてしまった怠け者の兄(ジャック・ブラッ ク)、富がすべてと信じる離婚した両親(キャサリン・オハラとジョン・リスゴー)。映画評論家からは駄作と酷評されたが、サバービアの実態を面白おかしく描写している。