マーサ、マーサ、マーサ

アメリカのカリスマ主婦と呼ばれるマーサ・ステュワートが、証券詐偽罪や司法妨害罪の疑いで6月4日に連邦大陪審に起訴された。その内容は、新聞などで伝えられている通りである。マーサが実は「主婦でないカリスマ主婦」であるということは、以前のジャーナルで簡単に説明したが、彼女の人気が非常にアメリカ的であるということを、最近つくづく思い知らされていた。今回は、そのことをもう少し掘り下げてみたい。 モデルそして投資ブローカーとしての輝かしい経歴があったにも関わらず、マーサはそれらを断念して専業主婦となった。しかし、料理のセンスに優れていた彼女は、それをビジネスとして利用することを思いつき、近所で手作りのパイを売ることから始め、ケータリング・ビジネス、料理本の監修といった具合に、少しずつ手を広げていった。そして知名度が上がると、自分自身をブランドとして売り出すようになり、彼女の発行する雑誌、出演するテレビ、販売する商品などすべてに「マーサ・ステュワート」の名を付け、人気を高めていった。 そしてマーサは、家庭やライフスタイルを演出するためのノウハウをトータルに提供する企業として、「マーサ・ステュワート・リビング・オムニメディア」を1997年に起こし、メディアへの進出とマーサ製品の販売を本格化した。ウォール街に精通していたマーサは、間もなく会社を上場させることを決める。アメ リカのバブルが華やかりし99年10月、同社はニューヨーク証券取引所に18ドルで株式公開を行い、その日のうちに50ドル近くの高値をつける鳴り物入りでのデビューとなった。 マーサは一時、1ビリオン(10億ドル=約1200億円)の資産価値を持つ、アメリカで数少ない「女性ビリオネラー」となった。「最もパワフルな女性」や 「最も影響力のある女性」などともてはやされ、まさにこの頃、絶頂期を迎えていた。ネットバブル崩壊とともにステュワート社の株価も急落し、01年後半以降は20ドルを割り込んでしまうが、彼女の定着した人気が支えとなって、同社はその後も収益を伸ばしていった。 マーサに暗雲が立ち込めたのは02年と言えるだろう。年明け早々、彼女がブランド契約をしている小売チェーンのKマートが財的危機に直面し、連邦破産法11条を申請した。4月には、良妻賢母のイメージを売ってきたマーサの本当の性格や私生活を暴露した「Martha Inc. 」という本が出版された。彼女の許可なしに出版されたこの本は、マーサが実は気性の荒い性格で、お金への異常な執着があり、自身の家庭生活など全く省みなかったことなどについて、彼女の周りの人間の証言をもとに書かれている。テレビでにっこり微笑むマーサとのあまりのギャップに、発売と同時に大きな話題となった。そして6月には、イムクローン社株のインサイダー取引疑惑が発覚し、スキャンダルの渦中に飲み込まれる。 しかし、それでもマーサの姿が消えることはなかった。テレビ番組や雑誌、本、インターネット、商品販売など、彼女はすべてを意地で継続し、それまで以上に仕事に熱を入れるようになったという。メディアはマーサをたたきまくり、会社の経営も決して上向きではなかったが、彼女の人気にはあまり影響しなかった。 そして1年が過ぎ、起訴の日を迎えたわけである。 実は、その前にもう1つの出来事があった。例のMartha Inc.がテレビ用に映画化 され、5月19日にNBCで放映されたのである(ちなみに、マーサがレ ギュラー登板しているのは競合のCBS)。この番組がマーサのさらなるイメージダウンにつながったことは疑いないが、その放映直後に起訴されるとは、なんとも皮肉な話だ。 スキャンダルが勃発した1年前、メディアはよく街頭インタビューでマーサのことをどう思うかと市民に聞いていた。そこで明らかになったのは、彼女を応援している人があまりにも多いということだ。そして今回の起訴後も同じだった。「マーサは1人でここまで頑張ったのだから偉い」、「不正は良くないけど、ビジネスウーマンとして尊敬している」、「彼女の番組や雑誌は役に立つ」といったコメントが老若男女の口から次々と出てくるのである。あまりの意外さに、しばらく考え込んでしまった。なぜ誰も、「騙された。マーサは詐偽じゃないか」と言わないのだろうか。 アメリカは結局、金儲けをした人間を称える国ということではないだろうか。マーサという人は、すべてを自分1人で築き上げた成金の勝者だ。「本当の主婦として優れていなくても、億万長者になったのだからいいじゃない」というアメリカの単純な成功至上主義が彼女を支えているように見える。これが日本なら、自分のやっていることと自分の売っているものが違っていれば、その矛盾は倫理的に受け入れられないし、スキャンダルは致命となる。しかし、「勝てば官軍」の論理を国際情勢にまで適応させるアメリカでは、勝者は何があっても勝者と見なされる、ということではないだろうか。 今日、企業だけでなく、芸能人やスポーツ選手なども、イメージの形成に多額の費用を使っている。その一方で、これだけイメージの打撃を受けながら、人気を維持している例があるというのも、興味深い事実だ。逆の見方をすれば、マーサの主婦としての実態など、あまり関係ないのかもしれない。彼女は1人の成功者として認められ、すでに受け入れられているからだ。そのイメージのほうが、今の彼女には重要になってしまっている。 起訴後、彼女はステュワート社のCEOおよび会長職を退き、同社の株価も坂を転がり始めている。その一方で、彼女のレギュラー番組はまだ続いている。これまで何度も危機を生き延びてきたマーサだが、さて今度はどうなるのだろうか。彼女の行く末を、みなが見守っている。