マイケル・ムーアってどんな人?

今、首都圏で話題の焦点となっている「ボウリング・フォー・コロンバイン」。恵比寿の映画館は連日長蛇の列で、チケットが開演のかなり前に売切れてしまうという。これから地方でも上映されるらしいので、その人気は全国に広まる気配だ。監督のマイケル・ムーア氏自身も、映画と同時に注目を集めている。著書 「アホでマヌケなアメリカ白人」(原題:Stupid White Men)は各書店の売上ランキングで常に上位。この映画のことを以前に取り上げたため、ボウリング・フォー・コロンバインやマイケル・ムーアといったキーワード検索によるアクセスが最近急増した。ムーア氏への関心の高まりに応えるため、今回はまだ日本であまり知られていない彼の経歴について触れること にする。 ムーア氏は、大きな体にひげ、メガネ、帽子という独特のむさ苦しい風貌で映画に自ら登場し、いろいろな人に話を聞いていく。時に鋭く、時にユーモアを交えながら独自をアプローチを試みる一方、「平凡な一般人」の視点を貫くムーア氏が、見る人に強烈な印象を与えることは確かだ。 生まれは1954年、ミシガン州デービソン。ここは、世界最大の自動車メーカー、ゼネラル・モーターズの大きな製造拠点であったフリントという都市の近隣に位置する。この地域一体は、いわゆるGMの城下町で、彼の父親も祖父もまた隣人も、みなGM工場の従業員という環境の中、アメリカの政治で大きな存在感を占める「オート・ワーカー」を見て育った。中学までカトリック系の私立校に通うが、高校は地元の公立校に行った。そこで彼は、突然政治に目覚める。生徒会のことから、環境や人権といった学校外の問題まで、幅広い分野に興味を示し、さまざまな政治活動を開始する。ミシガン州法で認められている18歳になる と、早速フリント市の教育委員に立候補し、アメリカで最年少の選挙当選者となった。 高校卒業後はミシガン大学に進学するが、政治活動に専念するために退学。その後、「フリント・ボイス」というリベラル系週刊新聞の編集者になり、ジャーナ リストとしての道を歩み始める。彼のリーダーシップによって、新聞はミシガン州全体をカバーする「ミシガン・ボイス」に成長し、中西部で最も評価の高い政治新聞の1つとなった。86年にムーア氏は、「マザー・ジョーンズ (Mother Jones) 」という極左の政治雑誌から声を掛けられ、ミシガン・ボイスを潰して全米一リベラルといわれるサンフランシスコに移住した。しかし間もなく、彼はマザー・ジョーンズが強い政治信念を失ったことに気付き、編集方針をめぐって会社側と何度も対立した。結果、1年もたたないうちにクビになったのである。 ムーア氏がサンフランシスコで格闘している頃、彼の故郷であるミシガン州フリントでは大変なことが起っていた。なんと、GMがフリント工場を全面閉鎖し、 メキシコへ製造拠点を移転するというのだ。彼はマザー・ジョーンズを辞めるとフリントへ飛んで帰る。そこで彼が見たものは、巨大企業の決定の前になすすべ もなく立ち尽くす労働者の姿だった。彼はその時、この問題をテーマにしたドキュメンタリー映画を製作することを決意する。企業が利益をむさぼるために、労働者をいとも簡単に見捨てた結果、25%という高失業率が貧困や犯罪の増加を招き、住民は過酷な生活を強いられる。ムーア氏は、この状況を克明に記録していく。 その一方で、彼はなぜ世界最大の企業が、労働者をこれほど無価値に扱わなければならないのか、その理由を聞くためにGM会長のロジャー・スミス氏に取材を 試みる。ここから、ムーア氏のトレードマークでもある突撃取材が定着し、彼の「ロジャー追っかけ」が始まる。当然ながら、スミス氏はインタビューの要望を受け付けず、ムーア氏はGM本社などで門前払いを何度も食らう。その様子もすべて記録していく。映画製作者として無名だったムーア氏は、ドキュメンタリー を作るためにマザー・ジョーンズからの退職金、自宅、私財などを全部投げ打って資金を捻出した。こうして89年に完成した映画が、「ロジャー&ミー」だ。 ドキュメンタリーとして史上最高のヒットを飛ばし、マイケル・ムーアの名前を全米に知らしめる作品となった。 彼はその後、テレビや映画、著書などを通じて言論活動を続けていく。2001年には、前年の米大統領選とブッシュ政権を批判した「Stupid White Men」を執筆するが、出版直前に同時多発テロが起こり、出版元であるランダム・ハウス社が出版の中止を検討しはじめた。しかし、その事実を知ったムーア 氏の支持者などがランダム・ハウスに抗議を行い、結果的に同著は2002年4月に発表され、間もなくベストセラーとなった。 同時にムーア氏は、99年4月にコロラド州のリトルトンという閑静な住宅地にあるコロンバイン高校で起きた、学生による銃乱射事件をきっかけに、アメリカ の銃社会をテーマしたドキュメンタリー映画を撮ろうと決める。これは、彼がミシガンという銃天国(伝統的に狩猟に使われてきた)で育ったことも大きく影響している。アメリカで「銃(または武器、軍事)」というのは、保守とリベラル、共和と民主を大きく分ける政治議題なのだ。今回は、ロジャー&ミーの時のよ うに資金調達には困らなかったようだが、撮影にかなりの年月をかけ、2002年10月にようやく「ボウリング」として完成した。ちょうどその頃、ワシントン DC近郊で無差別の銃乱射事件が起きており、市民の感情を逆なでしないよう、テレビ広告などは中止となった。しかし公開後、ロジャー&ミーの自己記録を 破って史上最高の売上を達成、今も記録を毎週更新し続けている。 アメリカの言論界は、同時多発テロ以降大きく変化した。愛国心やナショナリズムといった気運の高まりから、右寄りの有識者が言論界を席巻し、リベラル派や 左派と呼ばれる人々は、国賊や非国民とまではいかなくても、非常に難しい立場に追い込まれたことは事実だ。前述の著書もそうだが、ムーア氏がそういった風 潮に挑戦するかのように、この作品を発表したことはアメリカで大きな衝撃となった。しかし、偶然か必然か、昨年秋頃からアメリカはイラク攻撃に対する可能性を強めていく。この映画の中で指摘されている「安全と武装の関係」というのが、アメリカ政府のイラク攻撃に対する姿勢と相重なったため、映画は結果とし て大きな話題を集めることとなった。「ボウリング」はすでに世界各地の映画祭などでさまざまな賞を受賞しており、ムーア氏は世界的に有名な言論者となった。 ムーア氏は自分のウェブサイトでも言論活動を行っている。

サバービアの表と裏 その2

アメリカの郊外型住宅地、サバービアが抱える問題とは?「ボウリング・フォー・コロンバイン」「ステップフォード・ワイフ」という映画を通じて見えてくるサバービアの陰の部分を解説。 Continue reading サバービアの表と裏 その2