公と私をしっかり分けろ!

日本の人がアメリカのマクドナルドに来て驚くことの1つに、従業員がユニフォームのまま店内で「まかない」を食べている光景があげられる。日本では、従業員が勤務姿で客に混じって食べるのは基本的にご法度だから、アメリカの開放さというか、あけっぴろげな様子にちょっと引いてしまうようである。 Continue reading 公と私をしっかり分けろ!

アメリカ人の食生活を大バッシング!!な映画

アメリカで話題になっている「Super Size Me」という映画を観に行ってきた。 「オレをスーパーサイズ(特大)にしてくれ!」というのが題名の直訳となるが、これは、「マクドナルドを朝、昼、晩と1ヵ月間食べ続けたらどうなるか?」という人体実験を試みたドキュメンタリーで、監督のモーガン・スパーロック氏が自らモルモットとなって、その様子を克明に記録していく映画だ。 このサイトで何度も取り上げ、日本でもたびたび報道されているから、多くの方はアメリカ人の「肥満度」についてご存知だと思う。Super Size Meは、アメリカの特大カルチャーがもたらす肥満社会に警鐘を鳴らす映画として評価され、すでにサンダンス映画祭で最優秀監督賞を受賞している。マクドナルド側は否定するが、この映画がマックに与えた影響の大きさにも注目が集まっている。 「もうファストフードが食べられなくなる」、「ハンバーガーが怖い」、「これからは食事に気をつけます」といったコメントを聞いていたので、先に食べてから行くべきか(観てる途中で吐いちゃったらどうしよう・・・)、映画の後に食べるべきか(お腹がすいても、食べる気にならないかも・・・)でかなり悩んだ。 結局、お昼を食べてから午後2時30分の上映に行ったのだが、映画の内容は、ただ単にスパーロック氏の様子を撮影するだけに留まらず、各分野の専門家に健康や食生活についてインタビューし、市民の声を聞き、いろいろなデータを集め、アメリカが抱える「肥満」という問題の真相を究明していくというものだった。徹底的な調査と取材をベースに、笑いを交えながら、作り手のメッセージを伝えるという手法は、マイケル・ムーア氏のそれに似ていると思った。 スパーロック氏は、毎日メニューを変えながらマックを食べ続ける。彼に起こった変化は、太っただけではなかった。体脂肪率やコレステロール値が上昇し、体調はどんどん悪化、気分がすぐれず、ほとんど鬱状態になり、集中力や性機能まで低下してしまい、(本人もここまで予測していなかったのか)実に体を張った実験になってしまった。 細かな内容は省略するが、映画の中で指摘されていることと、「アメリカ人の食生活を大バッシング!!」 で書いたことが、いくつもダブっていたので驚いてしまった。ただし、映画は肥満の問題をさらに掘り下げていく。そこで明らかになったのは、問題の根底にあるのが、マクドナルドをはじめとする、莫大な利益をむさぼる大企業、その企業に抱え込まれているワシントンの政治家、怠惰で無責任で無知な大人たち、その 犠牲になっている子供、という像だった。 マクドナルド第1号店の開店は1948年のこと。アメリカでもまだ外食が贅沢な時代に、早くかつ安く食べ物を提供するというやり方は実に斬新で、新たな飲食スタイルの幕開けとなった。しかし、早くて安ければ何でもいいというファーストフードのビジネスモデルは、もう時代錯誤なのではないかと思った。たとえそこに市場があっても、だ。技術が発達した今日、早くて安いは当たり前で、さらに安全で健康にいい食べ物が求められているということではないだろうか。 しかし、今のアメリカを見ていると、国民が肥満や病気になることで経済が回っているから怖くなる。食品会社は商品のサイズをどんどん大きくし、レストランも大盛りの料理を出して値段を吊り上げ、利益を増幅させている。そして肥満の人が増えると、ダイエットやフィットネス業界が儲かり、健康障害を起こせば医者や製薬会社の市場が広がる。アメリカ人がみな食生活に気を使い、健康になってしまったら、都合の悪くなる人が大勢いるのだ。 Super Size Meは、日本でも近々公開されるらしい。ちなみに、気持ち悪いシーンはいくつかあるものの、観てる方まで吐くほどではない。だから、食べてから観に行くのが正解。映画の後は、さすがに何かを食べる気にはなれない。

肥満との戦い

米疾病予防センター(CDC)が昨日、衝撃的な発表をした。アメリカ人の死亡原因のトップが、間もなく肥満になりつつあるという。現在、最も多い死亡原因は「喫煙」で、年間43万5000人が肺がんなどで死亡している。これに続くのが「肥満」で、年間40万人が糖尿病や心臓病を患って死亡に至るという。たばこが槍玉に上げられたことで、喫煙による死亡は減少しているものの、肥満による死亡は年々増加しており、政府はこのままいけば肥満がトップになる日は近いと警告している。 そして今日、連邦下院でいわゆる「肥満訴訟禁止法」が可決された(通称チーズバーガー法)。要するに、肥満の原因としてレストランや食品メーカーを訴えることを禁じる連邦法だ。他国の人は「そんなバカな…」と思うかも知れないが、肥満による健康障害の賠償を求めて、マクドナルドを訴えるアメリカ人が後を絶たない。 アメリカにはいろいろな戦いがある。テロとの戦い、ドラッグとの戦い、犯罪との戦い、貧困との戦い・・・。どうやら「肥満」も正式にその中に入ったようだ。消費者も企業も、真剣に肥満と戦わなくてはならない時代になった。

能力主義?それもいいけど・・・

日本に帰省して嬉しいのは、マクドナルドのお姉さんがとても親切なことだ。「マニュアル通り」と言われるが、少なくとも真心を持って接客しようとする態度 だけは感じとることができる。アメリカのマクドナルドではこうはいかない。店員はいつも不機嫌だし、接客の仕方も乱暴だ。意地悪されたことだってある。 何もこれはマクドナルドだけではない。ほかの飲食店や小売店などでも良く経験することだ。アメリカに来たばかりの頃は、日本的な接客と比較して、いちいち 腹が立ったものだが、最近はあまり気にならなくなった。接客については、よくアメリカ人にこう言われた。「店員に怒ったって仕方ないよ。彼らは時給6ドルしかもらってないんだし、ちゃんとしたトレーニングも受けていないんだ。そんなに多くを望むほうが間違っているんだよ」。 結局は、考え方の違いということだ。「自分は最低賃金しかもらっていないから、最低限の仕事をすれば良い」、「あの人は最低賃金しかもらっていないのだから、客も多くを期待すべきではない」、「もしより良いサービスを受けたければ、それなりの対価を払う場所に行けばいい」。アメリカはそういった合理的な対価主義がまかり通っている。最近はそれも流儀として受け入れることができるようになったが、実は非資本主義的で退廃的な考え方ではないかと今でも思っている。 日本の社会にも、能力主義を採用する動きが高まっている。能力のある者には年齢や勤続年数に関係なく、どんどん昇進、昇給させるというアレだ。確かに、これまで年功序列一辺倒だった日本にとっては、それも変化に必要とされる要素なのだろう。問題は能力のない者への対応をどうするかということだ。「営利目的の会社なんだから、能力のない者までは面倒見切れん」と言ってアメリカのように突き放すか。それとも、「会社と従業員は運命共同体。何かの縁があって来てくれたんだから、会社もできる限りのことはしますよ」と日本的に面倒をみるか。二者択一というわけではないだろうが、これは真剣に議論する価値はあると思 う。 能力主義のもとでは、能力のある者はどんどん賃金が上がるし、その分責任も増える。しかし、能力のない者に良い賃金は払えないし、責任を増やすこともできない。後者が開き直って「自分はどうせこれしか支払われないんだから、その分だけ仕事をすればいい」と考えるようになった時、対価主義という形で裏目に出てしまうことになる。アメリカは、能力のない者、つまり社会的弱者を見放したことによって、たちの悪い対価主義を膨張させてしまった。日本もアメリカ的な能力主義を取り入れることで、その危険にさらされていないだろうか。 「日本はアメリカと違って民度が高いから、そんな心配はいらないだろう」とアメリカ人は言うが、さてどうだろうか。日本の今の若者はかなりシニカルだ。頑張っても正当に評価されなかったり、仕事に価値を見出していなかったりすれば、開き直ってしまうかもしれない。誰もが昇進、昇給を目指すとは限らない。そして、どの社会もマジョリティは凡人なのだから、その層を無視してしまえば、社会的なひずみがでることは明らかだ。能力主義を進める時、それと背中合わせにある対価主義を同時に考える必要があるだろう。